BOOKSルーエ花本武さんによる『裸のJリーガー』評

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2018年10月4日

 

天才に魅かれる。天才たちの天才であることによるどうしようもない生きづらさとか、不器用さというのは愛おしいものだ。自分に被害が及ぶのは勘弁だけれど、天才たるものは傍若無人であってほしいともおもう。
さて磯貝洋光だ。サッカー元日本代表、Jリーグ草創期、ガンバ大阪での活躍を記憶している人も多いだろう。まぎれもなく天才。プレイヤーとしてのテクニックに迸る才能を感じさせた。省エネルギーでハッとさせるような局面を生み出すようなスタイルがかっこよかった。彼はピッチで天才だった。ピッチで? だけではなかったのかもしれない。前言にもう一つ疑念がある。「だった」なんて過去形でいいのか?磯貝は今もなお「天才」として生きている。
『裸のJリーガー』は明確な問題意識を携えて引退後のJリーガーたちを取材している。J3まで裾野を広げたJリーグにおいて月給5万円の選手が存在している。その是非をどの取材対象にも鋭く問い、言質をとるような態度さえみせる。そのそれぞれの応えように、元選手たちが通ってきた道の風景が刻みこまれているようで興味がつきない。ただ種類は違えども誰もが茨道を歩んでいるようにみえるのである。
そのような本書内で異彩を放つのが最後に登場する磯貝である。磯貝にも当然、5万円問題は提出される。その最初のやりとりはこうだ。

磯 五万円以下。
そうです。
磯 月。
そうなんですよ。
磯 日本人って中間的なあいまいさって好きですよね。
好きですよね。
磯 どこから見るかということもあるんじゃないかな。

なんか最初、カタコトなのが謎めいてるし、どんな立ち位置からの視点なんだとおもわせる独特な語り口がすごい。磯貝はボールを持ち、顔を上げたらすぐにオープンスペースを見つけることができる。それはサッカーコートに限った話ではなく、みなが見渡すものとは違うフィールドがその視界にはおさまっているのかもしれない。だからなのか会話の予想がつかない。
磯貝は子供たちへのサッカー指導をはじめたようなのだが、なかなか上手くボールを扱えない子に対し、こんな風に述懐する。

自分が小さい頃は、ボール持ってスパイク履いて、人が来たら、プッて離してシュートを打って、明日もガンバローみたいな、そんな感じだったの。

ここ私は爆笑した。天才にもほどがあるし、愛嬌もすごい。
磯貝編の前に野人岡野のパートがある。こちらも現役時代からのレジェンドぶり、常人とは相容れなそうな個性を想像して読む。が磯貝編を読む印象とは全く違うのだ。岡野にも破天荒なところが多々あるが、磯貝は破天荒なうえに全体的に「ふざけている」。その違い、生きる基本姿勢のようなところで見事なまでに「ふざけている」。
ただ磯貝はふざける作法が超一流のようなのだ。傍迷惑なバカヤローでは決してない。ふざけている磯貝に周囲は辟易しながらも決して見放したりはしないようだ。前述したように子供にサッカーを教えはじめた磯貝は、遠征への情熱をやけに強く燃やしている。その主な宿泊先は、お金がないので、知人宅へのホームステイ。磯貝いいなあ。
ふざけた天才である磯貝だけれど「教育者」としての態度にものすごく卓越したところがある。サッカーの技術よりも「見る勉強」を重視しているようなのだ。本物を見せたいからと原爆ドームに連れていき、特攻の知覧に連れていくことをも目論む。戦争学習の理念云々ではなく、感覚的に本物を判断させたい、とのおもいがある。実際そんな磯貝に子供たちは心を開いているようなのだ。そのお互い憎まれ口を叩きながらの関係性は、新しいコーチ像を示している。
と磯貝のことばかり書いてしまったが、本書の魅力は無論そこだけに留まるものではない。セカンドキャリアを切り拓かんとするJリーガーたちの知られざる闘い、立ちはだかる壁、それを乗り越えるための様々な手段を著者は丹念に拾い上げる。ときにプライドを捨て、私情を捨て、ゼロから人生を立ち上げんとする。しぶとくタフにやっていかなきゃいけないのは、別にJリーガーに限った話ではない。サッカー本として秀逸なのはもとより、ビジネス書としても大いに機能するだろう。特に今の仕事に不安を抱えている、もっと具体的に言えば転職を視野に入れている向きには、突き刺さる一冊と言えるだろう。
そのようにビジネス向きな話の最後に磯貝編が置かれていることの奇跡をかみしめてくれ!

  裸のJリーガー』(大泉実成著)

 

【評者プロフィール】

花本武

1977年、東京生まれ。吉祥寺の書店ブックスルーエで雑誌を担当。サッカーを小3からたしなむ。ポジションは都並のごとき左サイドバック。

花本さん、ありがとうございます!